空と風と星の詩人 尹東柱(ユンドンジュ)の生涯

空と風と星の詩人 尹東柱(ユンドンジュ)の生涯




尹東柱(ユンドンジュ)という韓国の詩人をご存知でしょうか?
私は映画を通して初めて知りました。韓国では多くの人に愛される国民詩人で、キリスト教徒でもあり、思いの清らかさや純粋さがにじむ言葉に魅了され、発表から70年たった今も詩集はベストセラーだそうです。
下記の詩は、韓国の軍事政権下で若者の心を支えたという記事もありました
『序詩』
いのち尽きる日まで天を仰ぎ   

一点の恥じることもなきを、
木の葉をふるわす風にも
わたしは心いためた。
星をうたう心で
*すべての死にゆくものを愛おしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば。

今夜も星が風に身をさらす。(愛沢革訳)
罪を犯さない清らかな生き方をしていても、自分に向けられた特高警察や日本人の疑いの目には、心を痛め苦しめられた。祖国が解放され独立されることへの希望をもって、死にゆくもの(滅びゆく祖国や民族の心)を愛おしみ、自分に与えられた道を歩んでいこうと思う。  しかし、祖国への思いは迫害の風に吹きさらされてなかなか先が見えない。                           参考:「抵抗詩人東柱の詩碑」
このような凛とした清らかな生き方と優しい感性が共感を呼ぶのでしょうね。

詩も素敵ですが、この青年の若き日のお顔も・・お人柄が表れています。

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大学生らしい知的な雰囲気、それこそ汚れ一点だにとどめていない若い顔、私が子供のころ仰ぎみた大学生とはこういう人々が多かったなあというあるなつかしみの感情。
茨木のりこさんの文章)茨木のり子さんはユンドンチュとの出会いについて、「彼の顔に惹かれ、この方はどのような詩を書かれるのだろう・・と思ったことがきっかけ」だそう。

映画は・・・
2017年に生誕100周年を迎えた韓国の国民的詩人、尹東柱の生涯を美しい詩とモノクロ映像で綴ったドラマ。日本統治時代の朝鮮。尹東柱は従兄弟の宋夢奎と共に、夢を抱いて日本の大学へ留学するが、独立運動を主導した嫌疑で逮捕されてしまう……。

尹東柱(ユンドンジュ)と従兄弟の宋夢奎(ソンモンギュ)。
この二人を演じた役者さんが非常に魅力的。
左がユンドンジュ役のカン・ハヌル。右がソンモンギュ役のパクチョンミン
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二人とも生きていたら、こんな感じだったのだろうと思われた。

宋夢奎は京都帝大に合格、尹東柱は立教の英文科に。
しかし、二人の留学時代はまさに治安維持法の嵐。
二人は独立運動への関わりで逮捕されたのだが、宋が独立運動に参加したことがあっても、ユンドンジュは無関係で、むしろ宋と一緒にいたばかりに疑いの目を向けられ、また禁じられていた朝鮮語で詩を書いたことが逮捕理由になった。
福岡刑務所に収監され、懲役2年で獄死させられる。原因はおそらく、朝鮮人であったために人体実験に使われたのだろうか?正体不明の注射を毎日されていた。
福岡拘置所では、死体の引き取り手がない場合、即、九州大学の解剖に回されたということなので、『海と毒薬』のにおいを感じてしまう。

前途ある青年二人の魅力で映画は進められながら、この時代の恐るべき治安維持法によって逮捕され、二人とも無残な獄死となる結末が悲しい…。

朝鮮人という差別の中での逮捕、あるいは小林多喜二のように危険分子と見做されれば、死ぬまで何をしても良いという治安維持法の恐ろしさ。
こんな時代に今戻ろうとしていることへの恐怖も感じた。

治安維持法との関連は、hitomiさん紹介のこちらのブログに詳しい

彼の詩はすばらしく、亡くなって3年後に、遺された詩集を編集した『空と風と星と詩』が、韓国の全ての年代の方に愛される詩集となった。
 
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「星を数える夜」

                  ユン・ドンジュ

季節の移りゆく空は
いま 秋たけなわです。

わたしはなんの憂愁もなく
秋の星々をひとつ残らずかぞえられそうです。

胸に ひとつ ふたつと 刻まれる星を
今すべてかぞえきれないのは
すぐに朝がくるからで、
明日の夜が残っているからで、
まだわたしの青春が終わっていないからです。

星ひとつに 追憶と
星ひとつに 愛と
星ひとつに 寂しさと
星ひとつに 憧れと
星ひとつに 詩と
星ひとつに 母さん、母さん、

母さん、わたしは星ひとつに美しい言葉をひとつずつ唱えてみます。小学校のとき机を並べた児らの名と、ペエ、キョン、オク、こんな異国の乙女たちの名と、すでにみどり児の母となった少女たちの名と、貧しい隣人たちの名と、鳩、子犬,兎、らば、鹿、フランシス・ジャム、ライナー・マリア・リルケ、こういう詩人の名を呼んでみます。

これらの人たちはあまりにも遠くにいます。
星がはるか遠いように、

母さん、
そしてあなたは遠い北間島におられます。
わたしはなにやら恋しくて
この夥しい星明りがそそぐ丘の上に
私の名を書いてみて、
土でおおってしまいました。

夜を明かして鳴く虫は、
恥ずかしい名を悲しんでいるのです。

しかし冬が過ぎ私の星にも春がくれば
墓の上に緑の芝草が萌えでるように
私の名がうずめられた丘の上にも
誇らしく草が生い繁るでしょう。

(1941・11・5)

     伊吹 郷 訳

「たやすく書かれた詩」  ユン・ドンジュ

窓辺に夜の雨がささやき
六畳部屋は他人の国、

詩人とは悲しい天命と知りつつも
一行の詩を書きとめてみるか、

汗の匂いと愛の香りふくよかに漂う
送られてきた学費封筒を受け取り

大学ノートを小脇に
老教授の講義を聴きにゆく。

かえりみれば 幼友達を
ひとり、ふたり、とみな失い

わたしはなにを願い
ただひとり思いしずむのか?

人生は生きがたいものなのに
詩がこう たやすく書けるのは
恥ずかしいことだ。

六畳部屋は他人の国
窓辺に夜の雨がささやいているが、

灯火をつけて 暗闇をすこし追いやり、
時代のように 訪れる朝を待つ最後のわたし、

わたしはわたしに小さな手をさしのべ
涙と慰めで握る最初の握手。
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感性の柔らかさでとらえられた一つ一つの言葉が深く心に沁みます。
彼の「民族の誇り」は、これらの詩が禁じられた朝鮮語で書かれたことでもわかります。それが奪われていく現実の世の中に苦悩しつつも、希望を失わず、清らかな生き方をした詩人の存在が、韓国の人たちの心をとらえ、励ましてきたのでしょう
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映画を観に行った日は祝祭日のせいか?満席でした。
美しい魂を持った悲運な詩人の生涯を撮った映画ですが、日本ではそれほど知られていないにもかかわらず、これほどの人が集まることを嬉しく思いました。
さっそく詩集を買い求めました。読むのが楽しみです。
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長い記事を最後まで読んでいただきありがとうございました。