金曜トークサロン:人生の達人、もり・けんさんのお話を聴く

2ヶ月に一度の金曜トークサロン。
今回はハーモニカ奏者で、童謡伝道師のもり・けんさん。
お父様がハーモニカ奏者、お母様が歌手
   ♪ 月がとっても青いから~♪とお母様が歌い始めると・・・
        すぐにお父様が後を追ってハーモニカを奏される・・♪
 (素敵ですね~^ ^ )

いつも歌や音楽がある…そんな家庭で育った森けんさん。
自然とハーモニカ奏者の道へ。
彼は、自分の思いどおりの人生を歩んでこられた人生の達人

自分の進むべき道を考えたのが幼稚園時代というから驚き!
ひかりのくに」という絵本が気に入って、
その頃から絵本作家になると決めていたそうだ。
それから「ひかりのくに」のコレクションが始まり、
この会社の本をずっと読み続けた。
就職はもちろん「ひかりのくに」へ。
面接だけで合格‼
念願どおり、好きな仕事に就いた。

身近にもそんな方がいる。
学生時代に出会ったヴォーリズ
ここで仕事をしたい、これこそライフワーク。
ヴォーリズの本、ヴォーリズの作った会社関係の本をほとんど読破されて
憧れの近江兄弟社に就職。
今では ヴォーリズ記念館の館長や近江兄弟社関係の要職に就かれている。

若い時に、人生の目標やテーマに出会えた人たちは幸せだと思う。
お二人とも好きなことを仕事にできたので、多忙でも仕事は楽しいものだったろう。
受験勉強も大切だけど、自分の人生でやりたい「何か」を見つけるのはもっと大切なことだと思う
アフリカで活動されている藤井さんは、「何か」を見つけるのに時間がかかった。(アフリカへの愛 で紹介している)
でも彼女は、人生は遅咲きでも大丈夫と教えてくれた。

大学にいくことも夢を叶える1つの手段だけれど、若い人たちは「大学進学」だけが目標にならないように、もっと大きく自分の人生の目標や愉しみを見つけることを考えてほしい。

ひかりのくに」が、他の雑誌との競争のためにおまけや付録をつけ始めると、けんさんは、子供が喜んで買ってくれればいいというのは、ちょっと違うと思い始める。子供たちにはもっと芸術性の高い絵本でなければ…と。

その後、「ひかりのくに」を退社
編集者の仕事は休めないというのも理由の一つで、
モンゴルに行きたいという夢を叶えた。
ハーモニカを吹きながらモンゴルとの交流は今も続いている。

ーモンゴルの魅力は?と真理子先生
モンゴルは故郷を感じるところ。
 まっすぐな人間ばかりで、真剣に向き合うことを学んだ

ー「童謡を伝えよう」という思いはなぜ?
ハーモニカで簡単に吹ける童謡は簡単で歌いやすい良い芸術
お母さんが童謡を知らないと、子供たちに伝えられない。
優れた歌詞とメロディは一生歌える、子供や孫に伝えていきたい。

もりけんさんの取り組みで、他にも面白いと思えるのが
親への恩返し、子守歌ならぬ親守歌。
子守歌で育ったので、親のために歌を作ろうと…
両親の介護をされている男性から、
両親を思っての歌の応募が多いそうだ。
年老いて赤ちゃんのようになっていく両親
それを見守る子供
歌詞がちょっと泣けてきそうだ。

障害者を応援するわたぼうしコンサートにも取り組まれる
障害者の作詞された歌詞で作曲された歌を仲間たちが演奏をする。
この日の曲は、車椅子の青年、山本公三さんの「夢」という歌だった。
車椅子に座って 僕は 僕は考えた
車椅子に座って デイトができるだろうか
この頃そんな事を 考えてしまう
笑われそうな 気がするんです
僕だけ 僕だけ 他の世界にいるみたい
みんな同じ空の下 生きている 生きている

車椅子など僕はいらない 涙の海に捨ててゆこう
二人で ムムム 走ろう この長い道を
腕組みながら 楽しいおしゃべり
緑の芝生に寝ころび 二人で見つめる青い空
雲は静かに 流れ 流れて
みんな同じ空の下 生きている 生きている

目をあけると鏡に写る 椅子に座った自分
沈む夕陽を追いかけて そんな夢を見た
悲しい時には 共に涙を流し
嬉しい時には 喜びに踊ろう
僕は信じたい 夢のかなう日のくる事を
みんな同じ空の下 生きている 生きている
全国発売されたレコード 「みんな同じ空の下に生きている」
この詩を足で綴った山本公三さんは、「自分一人の夢なら書かなかったが、みんなの願いだからこの詩を書いた」と語ったそうです。
ハーモニカ奏者と童謡伝道。
地味な活動に見えるが、ハーモニカと童謡を通して人の輪を広げ
介護に携わる人たちや障害者の思いも掬い取られる。
関わる人たちに優しい気持ちを届け、人の心を耕していく・・
これもまた、大切なお仕事だと思う。

今回のテーマは「優しさを届けたい」
トークサロンを聴きに来た私たちの胸にも、温かさが残る良い時間となった。