ママが知りたい憲法の話⑤ 96条改正案について

4.《改憲問題の現在》の続き

【96条改正案 ー〈硬性憲法〉は 国民主権に反する?】

では、96条改正論をどうみるかについてお話しします。
以下が、現在の憲法改正手続きです。
憲法第96条  この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。〉
この96条について、2つの改正が提起されています。
1つは、国会議員による発議の要件を、各議院の総議員の「3分の2」から「2分の1」に緩めようとしています。
もう1つは、国民投票の「過半数の賛成」の母数を「有効投票」にしようとしています
現在の規定では「その」過半数となっていて、母数の解釈が「有権者総数」「投票総数」「有効投票数」の3つに分かれるのですが、そのうち母数が一番小さくなって、一番改憲がしやすくなる「有効投票」にしようとしてるんです
 
姑息な改正ですね。

より大きな問題は、国会議員の発議要件を「2分の1」に、ハードルを下げたい、という提案です。自民・維新・みんなで、すでに衆議院の74%、つまり「3分の2」をはるかに超える議席を占めているのに、なぜ「2分の1」にわざわざ改憲しようとしているのでしょうか
それは、提案の背景には、自民党改憲草案が示しているような、9条を変えて戦争できる国防軍にしたいという狙いがあるからなのですが、さきほど最新の調査結果をお見せしたように、自民党議員の中にも、自衛隊国防軍にすることには賛成できない、という議員が4割もいるのです。公明党は、国防軍はおろか、いかなる9条改憲にも反対だっていう人が4割、民主党にいたっては8割でした。
そうすると、自衛隊国防軍にするという9条改憲にとっては、依然、「各議院の総議員の3分の2」というハードルは、けっこう高いわけです。だから、そのハードルを下げたい、ということなんですね。

しかし、もちろん、それが本当のねらいなのだ、なんてことは言いません。
では何と言っているかというと、「憲法に関する国民の発言権を増やす」「国民に憲法を取り戻す」という言い方をしています。
今の規定だと、国民が憲法を変えたいと思っても、国会議員の3分の1にすぎない少数派が憲法改正に反対して、発議させない、ということができてしまう。国民が、憲法について、国民投票という手段で意思表示をする機会を奪っている、これは国民主権に反する、と言っているんです。
それは本当でしょうか?

憲法改正手続の類型 ー世界のほかの国はどうなのか?】

硬性憲法〉ーー憲法の改正手続きが、通常の法律の制定改廃手続きよりも厳しいーーというのは世界の常識です。
資料…〈憲法改正手続の類型(国会図書館調べ)通常の法律の成立要件に加重された要件の4類型〉…をみると、「軟性憲法」は、世界広しと言えど、イスラエルニュージーランド、タイしかない、とされています。

「法律の成立要件に加重された要件の4類型」とは何かというと、①議会の議決に加重された要件、②国民投票、③特別の憲法会議、④連邦を構成する支邦による承認、です。
この資料は、4つの類型ごとに国を分類しているので、複数の要件を組み合わせてる国や、複数の改正手続きを定めている国は、名前が複数回出てきます。日本も、類型の①と②を組み合わせていますので、2回名前が出てきますよね。
逆に、ひとつの国の憲法改正手続きの全体を知るのにはこの表は適さないんですが、ただ、憲法の改正には、通常の法律の制定改廃とは違って、こんな加重要件があり、それをこんなにたくさんの国が採用している、という実態を知るのには、便利で優れた表だと思います。そして、日本国憲法の改正手続きが世界の中で、どのような位置を占めるのかもよくわかると思います。

日本国憲法は、あらゆる憲法改正について、義務的に国民投票を要求していますが、それはすべての国が採用しているわけではありません。日本がそれを採用しているというのは、国民主権の観点からみて、また国民が憲法の制定者であり、憲法は国民のものだ、という観点からみて、優れた手続きだと思います
国民が直接関与できず、国会議員だけで決められてしまうことを想像すれば、よくわかると思います。

他方、国会議員の発議要件が「3分の2」であることについてですが、表をみると、「3分の2」という特別多数をとっている国はぜんぜん珍しくありませんね。それ以上の「4分の3」にしている国だってあります
 
そして「2分の1」なんて国は、さきほど述べた3カ国以外にはないんだっていうことを知る必要があります

国民投票、それとも国会議員の発議要件。どちらが重要なのか?】

自民党の改正案は、国会議員の発議要件を緩めたいと提案していますが、国民投票については、姑息な改正はしてますけど、それをなくしてしまおうというような提案はしていません。
ということは、改憲派議員は、国民投票よりも、「両議院の総議員の3分の2」のほうがハードルが高いと考えていることがわかります。

もちろん、国民主権と結びついた国民投票をなくすという提案は、国民の強い反発を受けやすいので、提案したくてもできないという面はあると思います。
改憲案を国民に提案して、もしも国民投票で否決されてしまえば、主権者の意思が示されたわけですから、同じ改憲案を、ではもう一度、と言って出すわけにはいきません。だから国民投票は彼らにとってもリスクが大きいことは事実です。
しかし、いったん改憲の発議さえしてしまえば、国民投票は何とかなる、とかれらは読んでいるんだと思います。舐められているというべきか。。

問題は、国会議員の発議要件が「3分の2」であることと、最後に国民投票にかけること、この二つの要件のどちらを、「硬性憲法」の観点からみて、重要と考えるか、です。憲法硬性憲法であることの必要性は、立憲主義、つまり権力の濫用を防ぐという憲法の役割からきています憲法のその役割からみて、二つの要件のうちどちらのほうが重要なのか。これについては、意見が対立しています。

憲法学者石川健治氏と、橋下大阪市長の意見の違い】

先ほどご紹介した石川健治さんと、橋下市長が、違う意見を述べています。
朝日新聞にのった「96条改正は立憲主義への反逆」という文章の中で、石川さんは、〈硬性憲法であることの本質は、国会に課せられたハードルの高さにこそある〉と書いています。つまり、彼は、国会議員に課せられた「3分の2以上」という高いハードルこそ、立憲主義にとっては重要なのだと言っているんです。
その根拠を次のように述べています。つまり、〈憲法改正について、実質的な審議を行うのは、国会であることに、変わりがない〉んだ、と。憲法の改正については、国民はあくまで受け身であって、国会議員によってつくられ、決められてものを、承認をするか、拒否するかの権利しかもっていません。
そもそも憲法改正するかどうか、どういう内容の改正をするかについて、主導権と決定権をもっているのは国会議員です。
他方、そういう憲法改正について主導権と決定権を与えられた国会議員というのは、憲法によって縛られるべき権力者であり、権力者であるかぎり、できるだけ憲法の縛りを緩めたいという衝動をもつ存在です。だから、立憲主義の観点からは、かれらの権限を縛り、高いハードルを課すことが決定的に重要なんだ、というのが石川さんの意見です。

それに対して、橋下市長はなんて言っているかというと、日本国憲法の改正手続きの一番の特徴は、国会議員に課せられた「3分の2以上」の発議ではなく、最後に国民投票にかけることだ、と言っています。石川さんと同じ5月3日憲法記念日に、毎日新聞にのったインタビュー記事で、橋下氏が言っていることです。「96条の国会発議要件を『2分の1以上』に引き下げることを緩和だとは思わない」と。
橋下氏は、どうせ最後に国民投票があるんだから、国会議員に課せられたハードルを下げても、改憲要件を緩めることにはならない、というんですよ。いや、それは緩和でしょう。しかも重大な。
橋下氏がどうしてそれを緩和ではないと言えるかといえば、国民投票による「国民の決定」に、実際以上の強い意味を与えるからです。安倍首相も、国会議員に課せられたハードルを下げれば、国民の憲法に対する意思表明の機会が増え、国民主権の観点からも望ましいと言っていることは先にのべました。
橋下市長や安倍首相のような主張を「ごまかしだ」とはっきり言っているのが、「96条の会」の呼びかけ文です。この呼びかけ文は、すごく平易な言葉で、わかりやすく、ことの本質を突いているので、後でじっくり読んでいただきたいんですが

〈安倍首相らは、改憲の要件をゆるめることで頻繁に国民投票にかけられるようになり、国民の力を強める改革なのだとも言っていますが、これはごまかしです。今までよりも少ない人数で憲法に手をつけられるようにするというのは、政治家の権力を不当に強めるだけです。〉

石川健治さんの長い文章も、またじっくり読んでほしいと思うんですけど、彼は、96条の改憲手続きを緩めてはならない理由を、その後に、9条改悪が控えているから、9条改悪をやりやすくするから、とは言わないんです。
そうではなくて、96条の改憲発議要件を「2分の1」に低めるということ自体が悪いのだ、と言います。それ自体が、立憲主義に対する「反逆」であり、「革命」だという立論です。
憲法立憲主義という価値を認める以上、9条についての立場、意見の違いを超えて、96条の改変は反対すべきだ、ということです。
それはそれで、非常に重要なポイントをついていると思います。それに加えて、改憲手続きを緩める目的が憲法改悪だから、なお悪い、と私は思います。

~~⑤ここまで
次回 ⑥に続きます。