ママが知りたい憲法の話文字起こし④

中里見博氏(徳島大学)講演録文字起こし④
「ママが知りたい憲法の話」2013.7.11 奈良市にて
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3.《憲法の改正》
ー近代憲法日本国憲法)の基本的な性質

【“硬性憲法”であること】
憲法の改正は、法律と違って国会の単純多数では可決できず(“硬性憲法“)、かつ国民の承認を要する〉。
「単純多数」というのは、過半数、つまり2分の1以上ということです。憲法改正が、単純多数では可決できない憲法のことを「硬性憲法」といいます。
逆に、法律と同じように、憲法の改正も2分の1以上の賛成で成立する憲法を「軟性憲法」といいます。
世界のほとんどの成文憲法硬性憲法で、日本国憲法も同様なのですが、日本国憲法の改正に関する条文はこれです。
〈第96条  この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙のさい行なはれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。〉
今まさに、この条文から改正したいという提案が政治家から出されています。

【国民が憲法を守る】
ではなぜ、議決に必要な人数が2分の1ではなく、3分の2になっているのでしょうか。
硬性憲法であることの理由は、〈発議権者の国会議員自身が、憲法によって縛られる権力者であるから〉、ということです。
権力者は、憲法による縛りをゆるめたい、という衝動を常に不可避的に持つものです。
ですので、2分の1以上の多数を制する、時の政権だけで、改憲案の議決をしてはいけない、ということです。

反対政党ーー野党のことを英語ではopposition party  といいますがーー、与党の政策に反対の野党も巻きこんで同意できたもの以外は、憲法の改正案として決めてはいけない、というようにしているわけです。

ではなぜ、国会の議決した憲法改正案を、最終的に国民投票にかけて決めるのか。
近代憲法の核心的な役割は、国民の権利を保障し政府の権力を制限することにある、と前に述べました。
ちなみに、これは古く、フランス人権宣言(1789年)にすら書き込まれていることです。
〈フランス人権宣言  第16条「権利の保障が確保されず、権力の分立〔=制限〕が定められていないいかなる社会も、憲法を持つものではない。〉

つまり、国民の権利を保障していなくて、国家権力の制限を定めていない社会は、たとえ憲法という名のつく法を持っていたとしても、それは憲法を持っていることに値しない、と言っているわけです。
そのように、権力を縛るのが憲法の基本的な役割ですから、憲法を守るーー尊重し、擁護するーー義務を、国家権力担当者は、憲法によって課せられています。条文では99条ですね。

しかし、その憲法上の義務に反して、権力者が憲法そのものを破棄してしまおう、壊してしまおうという動きに出たときに、憲法を最終的に防護する任務は主権者である国民に与えられる、その手段が国民投票なんです。
 
憲法を「遵守する」という意味で「守る」任務は、国家権力の担当者である全公務員にあるけれども、憲法を「防護する」という意味での「守る」最終的な役割は主権者である国民が担う。そういう構造になっているんです。

4.《改憲問題の現在》
以上が、憲法という法、日本国憲法もそれに含まれるところの近代憲法の基本的な性質についての話です。
それを押さえた上で、改憲問題の現在をお話します。

日本国憲法をやめて、「自主憲法」を制定する、というのは自民党の結党以来の悲願で、改憲問題というのは1950年代からずっと議論されてきたんです。
しかし、現在が最大の日本国憲法の危機であり、一番、改憲に手が伸びた状態になっています。

その動きを加速させたのが、去年(2012年)の12月の総選挙でした。その結果、タカ派改憲政党、自民、維新、みんなで衆議院の76%の議席を占めちます。ただし参議院はまだ41%です。
安倍首相は就任早々、憲法第96条の改正からやりたい、まずそれだけを先行してやりたいと言い始めました。維新の会とみんなの党が、これに賛成の方針をだしました日弁連などが反対をしました。

民主、社民の有志の議員が96条の改正に反対をする超党派の「立憲フォーラム」っていう議員連盟を発足させた、という動きもあります。けれど、いかんせん、数が少なすぎます。

民主党の海江田代表は、(2013年)4月27日に96条改正に反対を表明しました。それから5月3日に、石川健治東大教授(憲法)が、「96条改正は立憲主義への反逆」という批判の文書を朝日新聞に投稿しました。
ゴールデンウィークが明けたころから、世論では96条を先行して改正することへの反対が、賛成を上回る状況が生まれてきています。
安倍首相は、就任してから数ヶ月の間は、ものすごい勢いで96条改正ということを打ち出したんですけど、世論が必ずしもついてこない状況を見て、若干トーンダウンしています。

【96条改正反対世論を強める動き】
小泉政権改憲を強く打ち出した2004年に「9条の会」ができましたが、安倍政権の動きに対応して、「96条の会」が今回発足しました。
代表は樋口陽一さんという著名な憲法学者です。東北大学東京大学の名誉教授です。その樋口さんが動いたっていうのは、すごく多くの学者、知識人を勇気づけたと思います。彼がこういう動きをするっていうのは、本当に危機なんだなと多くの人が思ったはずです。
呼びかけ人が30人以上いて、今の日本の人文・社会科学を代表する学者がずらりと名前を揃えているんです。
7月16日、同志社大学今出川キャンパスで、「96条の会」の講演会が行われます。樋口陽一さんが基調講演をされます。朝日新聞に投稿した石川健治さんも来るし、そのほか著名な政治学者、弁護士が4人も東京から来ますし、関西からも女性の弁護士と憲法学者が1人ずつ参加します。同志社大学の、岡野八代さんという有名なフェミニスト政治思想学者がコーディネーターを務めます。彼女も、会の呼びかけ人の1人です。
関心のある方はぜひ参加されるといいと思います。

【与党の動き】
(2013年6月11日に渡辺代表が「国家主義的な憲法改正を行うという観点からの96条改正は反対だ」と発言したことについて)
維新の会の橋下氏が、「従軍慰安婦」について差別的発言をしたため、みんなの党の渡辺代表が、維新の会と距離をとるための発言をしているようです。しかし、みんなの党として、96条改正反対とは決めていないようです。
安倍首相は、平和主義・基本的人権国民主権に関してだけは、改憲発議要件を3分の2に据え置くことを含めて議論していく、その他の部分を2分の1にするとか言っています。いろいろ言ってみてマスコミや世論の反応をを見ようとしていると思うんですが、とんでもない発言ですよね。平和主義・基本的人権国民主権という憲法の基本3原則を変える可能性がある、ということですから。

(2013年6月20~27日の発言)このころには、安倍首相は「3年間は経済に集中して96条先行改正にはこだわらない」と言い出しています。

7月7日のNHKの番組で、安倍首相は持論を展開しています。つまり、「6割の国民が憲法を変えたいと思っても、国会議員の3分の1が反対すれば憲法を改正できないのはおかしい」と。国会の少数派が、国民の憲法改正に対する意思表明の機会を奪っている、というのです。
さらに、自民党憲法改正草案を見直す、修正する用意がある、とも言っています。自民党の草案は、ほかの政党がのめない内容があるので、草案にこだわらず、改憲に積極的な勢力の結集を優先し、改憲を実現するということです
同じ番組の中で、公明党の山口代表は、「96条の先行改正はやるべきではないと言ったそうです。民主党の海江田代表は「何を変えるという議論もなしに、手続き論だけするのは反対だと言ったようです。維新の会だけは自民党との共闘を探る考えを示唆したそうです。

さて、それでは次に、あらためて96条改正論をどうみるかをお話しします。
(⑤に続く)
~~~文字起こし④ここまで~~~

この書き起こしは、奈良市放射能測定室の会員さんの手によるものです。
続きます。