憲法の現場(2)首相に共鳴しヘイト(神奈川新聞カナロコ)より

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【時代の正体取材班=石橋 学】鋭い怒声が飛んできた。「おい石橋、何しに来たんだ!」。取材だと告げるが、何も聞いていなかった。
 「日本が嫌いなんだろ。消えろよ。神奈川新聞なんて朝鮮総連の新聞じゃねえか!」
 見覚えのない初老の男性だった。だが、驚かない。私は在日コリアンに向けられるヘイトスピーチの取材を続けてきた。ヘイトデモの現場での動画がユーチューブにいくつもアップされ、レイシスト(人種差別主義者)、ネット右翼と呼ばれる人たちには顔も名前も知られている。日本が嫌いという決めつけも、すべてに「朝鮮」の二文字を付け、差別の意図を持った悪罵に変換する姿も見慣れたものだった。
 いつもと違うのは、ここはデモが繰り返されてきた川崎市や東京・新宿の街中ではなく、首相官邸前であるということだった。
 4月14日、森友学園への国有地払い下げを巡る公文書改ざん問題で政権批判の声を上げる市民に対抗し、安倍晋三政権を応援しようと約100人が集まっていた。
 幅5メートルはあろう巨大な日の丸と「安倍政権頑張れ」の横断幕が掲げられ、ゼッケンには「中国北朝鮮の手先に負けるな」「反日マスコミに負けるな」「売国勢力に負けるな」の文字。あふれる敵意と排斥の空気は、ヘイトデモの現場で感じるまがまがしさそのものだった。
 立ち止まっていると方々から声が上がり始める。
 「偏った記事を書くな」「北朝鮮のスパイ」「お前は死刑だ」
 頑迷にも安倍政権を支持しようと4時間近く立ち続けているこの人たちの目には、差別をなくそう、人権を守ろう、共生社会を築こう、という記事が偏向して映っている。見過ごせないのは、憎悪は単に私個人に向けられているわけではないということだった。へイトスピーチに反対する私の向こう側に、私が守ろうとしている在日コリアンを重ね見て、攻撃している。「死刑だ」などと面罵してみせる底の抜けようは、人を人と思わぬ差別のなせるわざだった。
 安倍政権はこのような人たちによっても支持されている。そのことにも私は驚かない。朝鮮半島の二つの国を見下し、敵視してきたのが、ほかでもない安倍政権だからだ。
 脈絡なく持ち出された締めくくりのシュプレヒコールもまた、聞き慣れたものだった。
 「拉致被害者を取り戻すぞー」「おーっ」
 政権と市井の人々が共鳴しながら、政治の中枢で行われるに至った「ヘイトデモ」。この国は平和主義の憲法を持ったが、平和国家ではなかったという戦後日本の実像がいよいよ鮮明になるのは、2週間後のことだった。歴史的な南北首脳会談を目の当たりにし、なお疑念を向け、平和への一歩を心から喜ぶことができない私たち自身の態度がゆがんだ「平和」を浮かび上がらせている。