徴用工問題、終わった話ではない

 長崎新聞時評より
次のような話が仮にあったとする。あなたは、日本人として、どう感じるだろうか。
 -19XX年、韓国は武力を背景に日本を併合した。韓国は、日本の内政外交の全ての権限を握った。
 それから30年ほどたって、韓国はA国との戦争を始めた。A国の圧倒的な戦力の前に劣勢となった韓国は、労働力不足の埋め合わせのため、日本人を強制的に徴用し、韓国内の工場などで働かせた。
 しかし、韓国は結局A国に敗北した。それまで日本人は国籍上は「韓国人」とされていたが、ある日突然、韓国籍を放棄するよう迫られた。韓国企業に徴用されていた日本人は、未払い賃金を支給されることなく、放逐された。
 韓国の敗戦から20年たって、かつての植民地宗主国であった韓国は日本と新たな協定を結ぶことになった。韓国の過去の行為が違法であったかどうかについては問わないまま、韓国が日本に対して一定の経済協力を行う玉虫色の解決だった。日本人が過去の韓国の行いに対する損害賠償の請求権を持つかどうかは、あいまいなままだった。当時の日本は民主主義国ではなかったため、被害を受けた日本人が政府間交渉への意見を述べることは一切できなかった。
 さらに数十年がたち、存命中の元日本人徴用工のほとんどは90歳を超えた。彼らは、最後の力を振り絞り、かつて勤めた韓国企業に対する損害賠償請求の裁判を日本国内で始めた。幸い、裁判に勝つことは勝ったが、韓国企業は「問題は過去の協定で解決済み」との立場を取り、賠償金支払いに応じようとしない。韓国政府も同じ立場だ。これに業を煮やした日本人の原告側は、日本国内にあるそれら韓国企業の資産差し押さえを日本の裁判所に請求した。
 これに対する韓国内の世論のほとんどは、「もう終わった話を蒸し返すな」「日本人はまともに話ができる相手ではない」「日本とは断交だ」といった空気である-。
 あらためて聞く。あなたは、日本人として、この韓国人の態度をどう感じるだろうか。
 言うまでもなく、現実に起きているのは、この架空の話の「日本」と「韓国」を丸ごと入れ替えた事態である。もしあなたが、この作り話の中の「韓国人」の手前勝手さに憤りを感じるとしたら、それがまともな感覚だと思う。
 「確かにわれわれはあなた方の国をかつて植民地化した。しかし、それは合意の上でなしたことで、合法だ。国どうしの決着もすでに見ており、何十年もたってから被害者個人が文句を言うことは許されない」と拒絶されたら、あなたは納得できるだろうか。
 【略歴】やまぐち・ひびき 1976年長崎県西彼杵郡長与町出身。「長崎の証言の会」で被爆証言誌の編集長。「長崎原爆の戦後史をのこす会」事務局も務める。長崎大学等非常勤講師。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。