春の思い出

 春を待つこの季節になると・・、どこからともなく小さい男の子たちの声が聞こえてくる。

「お母さ~ん、大発見」
「あら、何を見つけたの?」
「春だよ~!春を見つけたんだ~!」
 男の子は小さい手にたんぽぽを握っている。
「あそこに咲いてた。お母さんにあげるよ。」
 タンポポを母親に渡すと、また、原っぱへ駆けていく。

 オオイヌノフグリの小さな花がたくさん咲いている。
「あ、ここにも春、見いつけた~!!」

 男の子たちは春を見つけるのが楽しいらしい。
 あっちこっちに走りながら、
 好奇心いっぱいの目で、
 野の花を見つけては報告にくる。
 目を輝かせて戻ってくる
 嬉しそうな男の子


 カナヘビは男の子の春の友達だ。
カナヘビがお昼寝していたよ~。」
「あ、待て~、逃げないで~」
カナヘビを追いかけていく男の子

「お母さん、いいものあげるから目をつぶって手を広げて」
何やら手のひらの中でうごめくものの正体は・・?
ダンゴムシだったり、カナヘビだったり・・
「うひゃ~」
思わず放り投げてしまったこともあったけど
「僕の大事なものなのに~・・」
と言う男の子の目が悲しそうで、
以来、男の子が友達だというものは
カナヘビでもトカゲでもダンゴムシでも・・・
母親は、お友達になることに決めた。

「春の発見」ごっこは、幼稚園でも少しの間、流行ったらしい。
園庭の花や虫を見つけては、
あちこちから「大発見~」が聞こえていた。

やがて男の子たちは大人になり、春になっても そんな声は聞こえなくなった。

「春の発見ごっこのこと、覚えてる?」と聞いてみたら、
今は、ほとんど覚えていないという。

どうやら、・・・小さい男の子たちの春の日の思い出は、母親の方にだけ残ったようだ。

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何度かの引っ越しの後、夫が逝き、子どもが自立し、

私は、一人で都心からやや離れたこの地に引っ越してきた。

まだ、田んぼや畑の残っているこのあたりは、春になると、

空き地や道ばたに、たくさんの野草の花が色とりどりに咲き乱れる。

白いナズナ、はこべ、青い小さな花をつけるオオイヌノフグリ

黄色のタンポポ、・・紫のヒメオドリコソウホトケノザ


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小さな男の子たちのことを思い出したのはその時だった。

あ~、昔、こんなところで、子どもたちが「春を見つけた~」って走り回っていたなぁ。

「この花な~に?」と、何回も聞かれるから・・
植物事典を片手に一緒に名前もさがしたね。


今年も春が近づいてきた。
    この季節は、足下の雑草に目をとめるのが楽しい。

毎日、一つずつ花を咲かせる種類が増えていく度に、
   小さな男の子がやってきて、私に声をかけてきそうだ。

   「あ、タンポポの花が咲いたよ!」
        「春をはっけ~ん」「タンポポ。大発見~」

 「春、発見隊」の男の子たちの声は
      今は小さな妖精になって、母親の記憶の中で遊んでいる。


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