祖母が100歳になりました^^

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八月、祖母が百歳の誕生日を迎えました。身元不明の百歳ではなく、正真正銘の
元気な百歳です。(笑)
子供たちのお祝い会や私たち孫、ひ孫の訪問、今夏はみんな、祖母の住む東北に
駆け付けました。市長さんもお祝いにいらして下さったそうです…^^

祖母は、昔はお嬢様。…女学校にも行かせてもらい…イケメンの祖父と結婚…5人
の子供に恵まれ…と、女性としては幸せな人生。
でも、一番の幸せは…やっぱり5人の子供たちがみんな元気で、しかも揃って親孝
行だということでしょう。

親が百歳ですから、子供たちも、上から78、77、76、75、63…と、高齢者ばかり。
当然?子供たちも病気持ちで、癌を患ったり、心臓のバイパス手術をしていた
り…糖尿病の者も約4名…。

長男である伯父が口腔癌にかかり、辛い手術を受けた時も「母親が頑張っているのに、母親よりも早く自分が逝くわけにはいかない。何としても生きなければ…!」と思って手術を受けたのだということが手紙に書いてありました。

親を思う一念が通じて、手術は成功、今は元気にしています。高齢で頑張っている親がいることは、自分の命も人生も大切にしなければ…という思いに通じるのですね。

いつから始まったものか…「兄弟会」があるのです!

5人の子供たちも高齢になり、住まいもバラバラ…。
遠いとなかなか会いに来る機会も減ってしまう…

そこで考えられたのが兄弟会。

祖母の誕生日の八月に兄弟全員が集まって母親を連れだし一泊旅行をするというもの。
これなら、東京に住む母も横浜に住む叔父の車に乗せられて、祖母に会いにいけます。

きっと、この兄弟会と・・・、近所に住む末っ子の叔母が毎日祖母の顔を見に行っていること

…これが祖母の長生きの楽しみと、元気の源になっているのではないかしら・・。。

…好奇心と向学心…

今でも新聞を丁寧に読む祖母。
近くにいて、毎日祖母の顔を見に行く叔母も、祖母からニュースを聞いたり、新聞の感想を聞いたりするそうです。向学心や、好奇心は生きる上での楽しみでもあると思います。
記憶力もよくて、たくさんいる孫の名前から、ひ孫の名前までしっかり覚えています。
いつも顔を見に行くと、なかなか来ることが出来ないひ孫たちの様子もあれこれ聞いてくれるので、ひ孫のことまで情報通です。

最近話題の98歳の詩人柴田トヨさんの詩の中に

「先生に」
 
 私を
 おばあちゃん と
 呼ばないで
「今日は何曜日?」
「9+9はいくつ?」
 そんなバカな質問もしないでほしい。

「柴田さん
 西条八十の詩は好きですか?
 小泉内閣をどう思います?」
 こんな質問なら
 うれしいわ

…というのがありました。

この詩は、我が祖母(名前似ているのですよ。ウチも柴田○○)にも当てはまりそう!
ブロ友さんの紹介で知ったこの詩集、祖母にさっそく届けました。
sarypapaさんありがとう。

祖母と「おほとけさま」

小学生の夏休み、祖母の家に遊びに行くと、

祖母は、毎朝、まず「おほとけさま」の水やご飯を取り換え、お経を読み、ひとしきり黙想をして

…それからご飯の支度に取り掛かります。

頂きものも、お土産も…まずは「おほとけさまのところにおいてちょうだい…。」

毎日、どんな日も休まずに、ご飯を替え、お祈りをしている祖母。そんな姿を見ていると
、子供心にも、祖母に何か神々しいものを感じました。

また、祖母は子供たちが親から叱られた時のなぐさめ役。
家の近くに住んでいた時には、親に叱られる度に、祖母の家に避難したこともあります。親とは違った立場から、孫たちを見守ってくれる祖母は「おほとけ様」のよう・・。
英語で祖母は「グランドマザー」なるほど!「偉大なる母」です
…長年、母親を経験してきた者のもつ温かさやおおらかさ、優しさ…など、
母性とは、急ごしらえにはできないものなのかもしれません。

小さい頃から叱られてばかりの私にも「良くお留守番ができました~。」(笑)とか、
「魚の食べ方が上手ね~」(笑)とか…、他愛のないことまで誉めてくれた祖母。

私がかわいがられるようにと思ってか、母が帰って来ると、私の良いところを見つけては報告してくれていました。

…ありがとうね。おばあちゃん。

家庭の中で、祖母のように温かく人を育み、親子関係のクッションの役割をしてくれる人の存在は大きいと思います。

今、問題になっている子供たちの虐待も、祖母のような人や相談相手になってくれる人がそばにいてくれたら、あんな悲惨なことにはならなかったのではないかしら・・。

核家族化が進み、高齢者からの知恵や経験を伝えてもらう機会が減ってきているのがとても残念です。

おばあちゃん。これからも長生きしていろんなこと教えてくださいね。