原発事故  首長や自民党にも責任があるはず・・

▼ 無職 長嶺将敬92(東京都稲城市

 福島県知事と原発の設置されている市町村長が、今回の原発事故による被害の補償をすべて政府と東電に求めているのはいささか不当ではないかと考えます。
 
原発の設置を最終的に認めたのは他ならぬ知事と市町村長です。多額の交付金を政府と東電に目の前に積まれて、それに目がくらんで最終的に設置を認めたのですから、最も重い責任は知事と関係市町村長にあると言えなくもないと思います。その分補償額は減額してしかるべきではありませんか。
 
次には補償を求める相手です。もちろん、責任は第一義的にはうその安全神話をつくって国民をだまし、札束をちらつかせて遮二無二推進した政府と東電にありますが、その神話を検証もしないで多額の報酬をもらって、政府と東電のお先棒をかついで宣伝にこれ努めたマスメディアにもあると思います。
 さらに原発はすべて自民党政権時代に設立されたものです。自民党は恐らく多額の献金を東電からもらって安全神話をでっちあげ、原発を推進してきた張本人です国民をだました自民党の罪は重大ですにもかかわらず国民に対し、ひと言の謝罪の言葉もない。よって自民党に対し、国民に謝罪し補償するよう迫るべきです。


 この地震国日本で原発を建設するに当たり、地震津波による原発の事故について知事や市町村長は十分検証したでしょうか。検証もせずに原発の設置を承認したのではありませんか。知事や市町村長は、反省の上、被害者に謝罪すべきと思いますがいかがですか。
 『東京新聞』(2011/7/2【ミラー】)

 ▼ 危機感ない表現に疑問

無職 藤井稔65(埼玉県久喜市

 物は言いようで、受け取り方が大分異なる。メルトダウンという最悪の事態に至った原発事故はいまだに収束のめどが立たない。
 気になるのは、一連の報道の中で、以前の第五福竜丸事件のころ使われていた「死の灰」という言葉が用いられないことだ。死の灰が強すぎるというなら、「毒の灰」くらいは用いるべき現況だろう。「放射性物質」などという危機感のない表現は、当局好みの言葉だと感じる。
 同じように、「高濃度汚染水」という言葉も汚染の深刻さを伝えていない。実態は人が近寄れない「猛毒水」であろう。
 メディアは、危険性を薄めようとする当局の発表をそのまま伝えるのではなく、庶民の視点に立って、正しく分かりやすい言葉に言い換えて報じてほしい。かつての「大本営発表」の誤りを繰り返さないためにも。
 『東京新聞』(2011/7/2【発言】)
(今、言論・表現の自由があぶない様のブログより転載させていただきました。)