小出先生のお話 原子力基本法を何とかしないといけない。電気は足りている。

3/16(土)
 永岡です、ラジオフォーラム第10回放送、放送作家の石井彰さんの司会で放送されました。今回、新たに3局が放送に加わりました。
 
石井さん女川災害FMに行かれて、石巻、南三陸気仙沼を見られて、
何も復旧していない、瓦礫を片付けた後は荒野。大変な災害だと伝えたいのに、早く忘れたいとの現実もあり、ビルの上に乗ったバスも撤去され、災害の痕跡がなくなり、聞く場所もない。
三陸の仮設庁舎もそのままで、しかしそこへ行くと大変だとわかる。原爆ドームがなければ原爆の悲惨さを伝えられない、残せるものは残したほうがいいと言われました。   
 今日のゲストは作家・映画監督の森達也さんです。森さん、10年ぶりのドキュメンタリーがDVDになりました。被災地へ森さんが行ったのは、震災後引きこもりになり、1日中テレビの前にいたのだが、「3・11」は共同監督であり、気持ちを奮い立たせて被災地に行き、映画を作り、編集して作成したのです。
被災地では、どこかのメディアとタイアップしているのではなく、カメラと取材して、自分のポジションが分からず、他のメディアもそうで、取材を呆然として、それが作品のテーマになると言われました。   

 

ニュースのたね

、最近のニュースで気になるのは死刑問題、3人執行され、森さんは死刑廃止ではなく、「死刑」という本も死刑囚に会って書き、角川文庫で4月に出るのです。
安倍政権初の死刑執行があり、一方死刑判決も多く、森さん、死刑制度の問題、「人を殺してはいけないことを知らしめるために人を殺すこと」は変である。
国民の多くは死刑の実態が公開されず、風土で死刑を残したいとなり、その根っこは何かと言うと、死刑制度があるから抑止効果になるということ、現状、世界2/3の国は死刑を廃止し、それで犯罪は増えていない。
 
死刑制度が犯罪を抑止する効果、社会学レベルでは変数にはならない。これ以上殺したら死刑になるという意識もなく、理意識を失っての犯罪で、死刑があるから人を殺す、死刑になりたいので人を殺すことが多く、死刑制度のために殺人が増えていると森さんは言われました。
 
森さんが遺族の立場に立っていないという批判もあり、殺した相手を殺したい、厳罰に処すという遺族の感情もあり、谷垣氏、身勝手な事件といい、判決文も処罰感情を入れて、自分の家族が殺されたら死刑にしてくれと言うかも知れない。あえて、考えたら死刑にしてほしい、自分で殺したいとなるが、刑事裁判でないがしろにされてきた、傍聴すら出来ないのも変えるべき。
遺族の気持ちを国民全部が共有できない。遺族は自分を責める、処罰感情で死刑にしろとなったら、遺族が犯人を恨むのは当たり前、当事者と非当事者により社会は成り立ち、被災地で痕跡を残すこと、原爆ドームアウシュヴィッツ、非当事者だから残せると森さん言われました。この件、死刑制度へのリスナーの意見も聞きたいと石井さん言われました。   

 小出先生のお話

 
 経産省、エネルギー有識者会議の委員15人のうち,脱原発は2人しかなく、安倍政権は再稼動に動いている気配のあること、「気配どころか再稼動と宣言した」と小出先生言われて、「日本は原発推進の法律があり、これを何とかしないといけない」。
1954年か1955年、原子力基本法、平和目的に限るというものの、原子力を進めることが書かれていたのです。
原発を無くすなら、これを無くさないといけない。原子力委員会も最初に作られて、東大の近藤氏が委員長、近藤氏、原子力基本法で仕事をしており、原発に反対=法律に違反と言うのです。
原子力基本法がある限り、推進しないといけない。開発の計画、エネルギーの全体像でも原子力をやる中でのものであり、原発推進になるのです

 今回のメンバー、自民色が強まり、民主で少し弱まったものの、原子力推進の路線が強まってしまったのです。脱原発2人vs推進13人、議論は出来るが、最後は数で決まり、結論は決まっているのです。
 森さん、忌野清四郎さんの反原発ソング、原発なしでも電気は足りると歌って発売中止で(永岡注:88年のこと、素晴らしすぎて発売できないという広告が出ました)、その時点で原発は27基、今50基。
しかし今は大半止まり、去年の記録的な暑さ、今年の寒さでも電力供給に問題なし、小出先生、政府の統計データで、原発は要らないと言われました。
原発は必要ないのに、日本の国家は原発なしだと停電すると脅しており、多くの人が屈服したのです。
しかし、暖房、冷房をこれだけ使っても問題なし
「大飯なしでも支障なしとデータはわかっている」のです。
供給面なら原発は要らないのです。
国家は原発をやり、巨大企業が来て、マスコミも原発はいいものだと宣伝して、国民がだまされたのも無理はないと小出先生言われましたが、だまされた人にも責任があるのです。森さん、小出先生のお話を聞いて、いつの間にか刷り込まれていると言われて、忌野清四郎さんの歌のときも電気は足りていた、森さん知っていて気にしなかった、我々の責任と言われました。
 
 

ラジオのたね

朝鮮学校ええじゃないか、春のモア・パレードを主催する黄貴勲(ファン・キ・フン)さんのお話がありました。
3月24日に大阪・扇町公園(JR環状線で大阪から東へ1駅、天満駅を降りてすぐ、地下鉄堺筋線扇町駅すぐ、梅田から歩いて15分)で行われるイベントで、黄さん、このイベントの目的、2010年度から日本政府の高校無償化を始めて、朝鮮学校は除外され、助成金カットもされた。その差別的な状況で、より多くの人が声を上げ、町に出て主張するイベントなのです。黄さん、残念、なぜそうなるのか。地方自治体も朝鮮学校への補助金をやめ、拉致問題のグッズを配ることについて、黄さん、危険な状況にある。北朝鮮への人間の感情で人権が侵害されるのに危惧をもたれるのです。石井さん、ある新聞の投書欄に、税金を拉致をしている学校に補助をすることに反対の意見が、31歳の女性の意見であり、黄さん、北朝鮮と関係が深い学生、教員がいても、だからその人たちの人権がないがしろにされてはいけない。国家の犯罪行為があっても、権利が侵害される理由にはならないのです。

 石井さん、国の問題と、人々の問題は明確に分けるべきと言われて、黄さん、現実を見るためには、ひとつは知ること、朝鮮学校に足を運び、しっかり知るのが大事、知らせるのが大事。また人として生まれた人の権利、自由、平等を、他の人、国の行動により、奪うことはできないとの認識がいると言われました。
森さん、大人になろう、今始まったとではない、拉致発覚より人道支援はなくなり、困るのは北朝鮮の一般市民、この人たちを切り捨てるのは良くない、北朝鮮を崩壊させるのではなく、人の生き死にと違うのです。

 黄さん、朝鮮学校の実態を知るため、24日14時から、扇町公園で、楽器演奏、パレードがあるのです。

 24日のイベントに関しては、以下のブログに詳細があります。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/9616e8cd33105e03cce2810e6660dc42 http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiapppeal/archives/23695072.html