旅券の返納命令(=強制没収)は、「国民の安全確保」を名目に「国民の憲法上の自由や権利を制限する」という話につながる

これは「緊急事態条項」の先取りなのか…

こういうのを、「言葉の遊び」というんじゃないでしょうか…

「邦人の安全、極めて重要」 旅券返納命令で菅官房長官 (朝日:2015年2月9日)

外務省がシリアへの渡航を計画していた日本人のフリーカメラマンに旅券法に基づき旅券の返納を命じたことについて、菅義偉官房長官は9日午前の記者会見で「憲法が保障する報道、取材、移動の自由は最大限尊重されると考えるが、邦人の安全確保も極めて重要な責務だ」と語り、判断は適切だったとの認識を示した。

長官は初めて返納命令に踏み切った理由について、「ISIL(『イスラム国』の別称)により2人の日本人が殺害されたばかりで、日本人を対象とする殺害を継続する意向を表明している。生命に直ちに危険が及ぶ可能性が高いと判断した」と説明。「ギリギリの慎重な検討を行った」と述べた。

返納を求められたフリーカメラマン・杉本祐一氏が事前に「隣国経由でシリアへ渡航する旨をメディアを含む公の場で説明していた」と指摘し、「累次に渡り渡航の自粛を強く説得したが、渡航の意思を変えるに至らなかった」とも述べた。今後、同様の事例で旅券返納命令を出すかについては「個別の判断をしていきたい」と述べた。

邦人の安全確保が極めて重要…と、管さんはおっしゃるけど、

その割には、「現に人質になった邦人の安全確保」は、

管さんたちにとってさほど重要ではなかったんでしょうか…?

(どない考えても、ぼくの目には、そうとしか映りませんねん)


ちなみに、今回は「たまたま」、海外渡航を予定していたジャーナリストに対する、

旅券の返納命令(=強制没収)だったので、あんまり、自分とは関係ない話やな…と

感じた人もいてはるかも知れませんが、これは、ぼくたちにまったく関係のない話でもないんです

と言うのも、自民党憲法改定の際に「緊急事態条項」なるものを新設しようとしてるところ、

これは、「国民の安全確保」を名目に「国民の憲法上の自由や権利を制限する」という話なので

今回の件とそっくりな話になってるんです


大規模災害や原発事故などの非常事態が起きた際の国民の安全確保が重要なことは言うまでもありませんけど

その必要性を超えた強大な(≒無制限な)権限を政府に与えることは、極めて危険な話です

それが、安倍のような好戦的な人間が首相を務め、かつ、自民党のような人権・自由敵視派が
政治的実権を握ってる現状では、なおさらです)

その危険性を語る論考がこれ↓
(私の視点)国家緊急権 「災害対策」理由にならぬ 永井幸寿 (朝日:2015年2月4日)

東日本大震災の後、自民党などに憲法を改正して国家緊急権を制定する動きがある。災害法制に20年関わってきた者として意見を述べたい。

国家緊急権は、戦争、内乱、恐慌、災害などの非常事態に憲法の秩序(権力分立・人権保障)を一時的に停止する制度である。行政権へ権力を集中させ、強度の人権制約を容認する。災害時に国に強力な権力を認めることは一見効率のよい対応に思える。

しかし権力分立とは権力の集中を防ぎ権力の濫用(らんよう)から国民の自由を守る制度であり、これを停止することは極めて危険だ。最も民主的だったワイマール憲法下のドイツでナチスが合法的に独裁権を握ったのは国家緊急権を用いたことによる。日本でも戦前、旧憲法下で強力な国家緊急権に基づいて権力が濫用され人権が抑圧された歴史がある

日本国憲法はこの反省から国家緊急権を設けていない。この趣旨は、(1)非常という口実で政府の自由判断を大幅に残すと精緻(せいち)な憲法でも破壊されること(2)特殊な事態への対応は平常時から法令などの制定により濫用されない形式で完備できることである

 災害対策は「準備していないことはできない」のが原則である。しかし国家緊急権は非常事態が発生した後に、いわば泥縄式に強力な権力で対処する制度である。想定できない事象に対してはいかなる強力な権限をもってしても対処し得ない。最も効果的な災害対策は平常時から法制度などで準備を行うことである。

そして日本の災害関連法は他国と比較して高度に整備されており、災害対策基本法には、通常の災害予防・応急対応・復旧の制度だけでなく、非常事態において一時的に国会に代わって内閣に立法権を認め、また、大規模地震対策特別措置法では非常事態に内閣総理大臣自衛隊を派遣し、住民に協力する責務を課すなど、他国が憲法で定める国家緊急権に相当する制度が規定されている

東日本大震災で政府は原発事故などに迅速に対応できなかった。原因はこのような法制度があるにもかかわらず、避難などの防災計画の策定、国・自治体・電力会社及び住民の連携、避難訓練などの事前の準備がほとんどなされなかったことにある。憲法を停止しても効果的な対処ができなかったのは明らかである。

 国家緊急権は非常という口実で政府が権力を濫用するために用いられやすい。厳重に監視しなければならない。

この論考で述べられている通り、

事前の準備がなければ、緊急事態条項があっても実際には何もできないのです

逆に言えば、憲法に緊急事態条項など設けなくとも、事前の(法的)準備はいくらでも可能であり、

要は「やる気の問題」なんです

にも関わらず、憲法に「緊急事態条項」がなければ国民の安全確保ができないんだ…というのは

まったく説得力のない馬鹿げた話です


原発再稼働を目論む政府自民党は、地元の避難計画さえない状況でも新安全基準に適合…という

ムチャクチャなゴリ押しをしようとしてますけど

事前に準備すべきものを準備もしない政府が

憲法秩序の停止という「強大な権限」だけ欲しい…というのは、

そこに「よこしまな意図」があるとしか受け取れません


…ということで、ぼくは、どんな政党が政権を担っていようと

憲法に「緊急事態条項」を設けることには反対です