:「忘災」の原発列島 再稼働は許されるのか 揺らぐ「低コスト」神話 国が電力会社支援「価格保証」案

特集ワイド:「忘災」の原発列島 再稼働は許されるのか 揺らぐ「低コスト」神話 国が電力会社支援「価格保証」案

毎日新聞 2014年09月02日 東京夕刊

 ◇2年後の全面自由化に戦々恐々 「保護なしでは生き残れない」

 なりふり構わず、とはこのことか。
経済産業省が、2年後の電力全面自由化後に原発による電気の販売価格を“保証”すると言い出した。
「競争で料金の引き下げが進めば原発を維持できない」との電力会社の悲鳴に応えるらしいが、ちょっと待ってほしい。「原発の電気は安い」とアピールしてきたのは誰だった?【瀬尾忠義】
 
 「電力会社に『国』という親のスネをかじらせるような支援策は、もう要らない」。
NPO法人原子力資料情報室の伴英幸共同代表は、経産省が示した「原発支援策」を厳しく批判した。8月21日、東京・霞が関の同省内であった有識者による原子力小委員会(第5回)でのことだ。
 
 2016年に予定される電力の小売り全面自由化後は、電力会社が独占していた家庭向け市場が開放され、参入企業が増加。価格競争が起きて料金引き下げが進むと考えられている。電力会社が事業に必要なコストを料金に転嫁できる「総括原価方式」も18〜20年をめどに廃止される。
 1基当たり約4000億円とされる原発の建設費を、電力会社は数十年かけて電気料金から回収してきたが、その見通しが揺らいでしまう。
 
経産省が恐れるのは、競争が激化して経営体力を失った電力会社が、原発から手を引くような事態に陥ることだ。そこで原子力小委員会の席上、持ち出してきたのが「電気の価格保証」という案だった。
 
具体的には、あらかじめ国と電力会社が電気料金の「基準価格」というものを決めておき、市場価格が下回った場合は、電気料金に上乗せしてためておいた「プール資金」から差額分を支払って「穴埋め」するという仕組みだ。この基準価格は、廃炉や使用済み核燃料の処分に必要な費用を補える範囲に設定されるので、市場がどう動こうと電力会社は安泰だ。
 
 それだけではない。電力会社が原発建設の借金を返せない場合に国が税金で肩代わりする「債務保証」や、廃炉による経営への打撃を緩和するための会計制度見直しも検討するという。伴さんが「親のスネかじり」と皮肉るのも当然の手厚いサポートだ。
 
 経産省原子力政策課は「自由化に伴う激変緩和策」と説明するが、伴さんの見方は違う。「電力会社は経営不安がなくなり、原発への投資がしやすくなる。維持どころか、建て替えや新設を促す支援策にほかならない」。さらにこう憤るのだ。「世論の多数が脱原発を支持しているが、その中には再稼働は賛成だが新設には反対という人もいる。それなのに幅広く意見を聞かず、私たちの電気料金を原資にした支援策を導入するのは許されない」
 
そもそも政府は、福島第1原発事故後も原発の優位性、とりわけ他のエネルギーに比べての「安さ」にこだわり続けた。4月に閣議決定したエネルギー基本計画は、原発について「可能な限り依存度を低減させる」のを前提としながら、「運転コストが低廉で変動も少なく、運転時には温室効果ガスの排出もない」。そう“賛美”し「重要なベースロード電源」と位置付けている。それほど優れているというなら、なぜ支援するのか。
 
 「全面自由化のはずなのに既存の電力会社を競争から外し、価格保証によって損失が出ないようにする。これは究極の保護政策だ。言い換えるなら、原発は自由競争の下では保護してやらなければ生き残れない産業だと、政府自らが認めたことになる」。原発コストを研究している立命館大の大島堅一教授(環境経済学)はそう指摘する。
 
 経産省が提示した案は、電力市場改革を進める英国をモデルにしたもので、21日の原子力小委員会に英国エネルギー・気候変動省のリズ・キーナガン・クラーク氏を招き、電力の販売価格を35年にわたり高額に固定することを保証する「CfD(差額決済契約)」の制度について説明を受けた。しかし大島教授は「CfD制度はまだ実施されていない。英政府による高額の価格保証がEU(欧州連合)の禁じる特定企業への国家補助に該当する恐れがあるからだ。しかも制度が適用されるのは、英南西部に新設される原発『ヒンクリーポイントC』だけ。英国内にある既存の原発全てを支援するわけではない」とクギを刺す。
 
自ら英国に飛び、多くの原発関係者に会った。「原発産業の担当者は『発電コストが高いから支援が必要』と、はっきり言っていた。日本では福島第1原発事故後、新たな安全対策が求められ、建設コストはさらに上昇している。特別扱いさえしなければ、仮に再稼働が認められても、いずれは必然的に淘汰(とうた)されてしまうだろう」
 
 安全神話」が崩壊したのに続き、「低コスト神話」も揺らいでいる
 「技術革新などで太陽光の発電コストは年々安くなっているのに、原発のコストは逆に高騰している。その原発の電気を何十年も価格保証する制度に経済合理性はない。英国のCfD制度は失敗するだろう。でも、原発を維持したい安倍政権は使えそうな制度だと飛びついたわけだ」。こう語るのは、NPO法人・環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長だ。
 
 でたらめな原発支援よりも再生可能エネルギーの支援を強化すべきだと訴える。国内の総発電電力量(13年度)に占める再生可能エネルギーの割合は約2・2%(水力を除く)だが、脱原発を実現させる潜在力があるとみる。「再生可能エネルギーの事業者が既存の送電線に接続する場合、送電線や変電所の設備増強にかかる費用は再生エネ事業者の負担になる。この基本原則を見直せば規模は拡大する。そうなれば原発依存度はおのずと低下し、支援策も必要なくなる」
 
支援策の具体化に向け法案化も想定される。超党派の国会議員66人でつくる「原発ゼロの会」共同代表の近藤昭一衆院議員(民主党)は「安全神話が崩れた今、原発推進を止めるのは当然。だが安倍政権や経産省原子力ムラは懲りもせず、原発産業を守るために知恵を絞り、支援策づくりを急いでいる」と批判を強める
反対するために会で議論する方針だ。「原発への国民の反発は根強い。支援策が完成したとしても、国は民意を無視して原発を維持していけるのか」
 
小売り全面自由化まで残された時間は短い。茂木敏充経産相は8月29日の記者会見で「一つの案に絞って(支援策を)提案したわけではない」などと述べたが、同省が細部を詰めているのは確実で、国民不在で議論が進む恐れもある。飯田氏は「政府が強引にことを運ぼうとするならば、私たちは電気料金支払いをボイコットするなど目に見える形で異議を申し立てるしかない」と提案する。
 原発の「延命」より、福島第1の事故収束に知恵を絞る方が先ではないのか